クナが飛び級の交渉を断ってから少し月日がたち、夏休みも、後1週間をきっていた。そして、今日はヴァージニア・メトカーフと友人とで帰り道を楽しく、帰っているところだ。
「でも、みんな同じ事書いて大丈夫かなぁ?」
「一緒に行ったことは同じですけど、書く文章はそれぞれ違うはずです。ミスター・ミストはそれを大変楽しみしていると思いますよ?」
レンス・デクスターとヴァージニアの会話をロニー・フレハートはクナと並びながら聞いていた。
「それに、なんでアイツつれてきたんですか?」
「あ、それ私も思った」
ロニーもコレには反応しレンスに同意する。
「女性たちだけじゃあ、心配でしょ? 夏休みの自由研究が終わっていないもの同士で用心棒。一石二鳥ではありませんか」
「お母様。言葉が変です」
「ふふ、そうね」
クナはこれ以上言及はしなかったし、ヴァージニアもそれ以上何も言わなかった。
「なんでガトーレなんか」
もう一度、聞こえる声でぼそりとレンスは不満を述べた。
「きこえてるぞ」
そのとおりだ。
「聞こえるように言ってるの!」
彼らは今日、夏休みの自由研究として戸惑っていたレンスとロニー、そしてガトーレをつれて隣街の音楽会へ行っていた。クナはというと、この国の歴史についての『文化の移り変わりと伝統』というレポートを仕上げていた。当然自分のわかる範囲で調べ上げ、地元で昔から続いているものは何かないか聞きまわり、文章を書くにあたってはヴァージニアと一緒に行い、ナサニエルが第三者として読み上げ間違いを訂正していた。予断であるが、ヴァージニアが「将来何になるにしても、決断力と指導力は必要です」ということで、そのレポートを発表してもらい、ヴァージニアがいくつか質問をして、そのどの質問にも答えられるようにまた勉強を始め、ヴァージニアのどんな質問にも答えられるようになったのが昨日の夜終わったところだったのだ。
ガトーレ・ゴールコートが一緒に来ていることに不満は言う理由がないほどあった。それもそのはずで以前にじめられていた本人であるからだ。ただ、2,3ヶ月前と違うことは堂々と言い合えるようになっており、おおよそ彼女たち3人以外には不可能なことであった。年上の男でさえ難しかった。しかし、そうなることでミストのクラスは雰囲気が向上しているし、ガトーレとクナはみんなと和むようになっていた。ほとんど、彼らは踊らされているという形に近かったが。
その間に、皆が気づかないようにロニーは歩調を緩めていた。それには彼女たち4人より数歩後ろを歩いているガトーレだけが気づいていたが、特に彼は何も言わなかった。そして、もう一度ガトーレに聞こえるように何か嫌味を言おうと流し目で彼を見たときに、レンスはロニーに気づいた。
「ロン?」
彼女の言葉に合わせるように、クナとヴァージニアも振り返る。
ロニー・フレハートは道脇の茂みをじっと見ながら腰をくの字に折り、手をひざにおいていた。彼女はガトーレの後ろのほうにいて、彼女たちが止まってからやっと彼も止まった。
「どうかしたの?」
「……うん」
ロニーの後ろにみんな集まり、彼女と同じ方向をみると、そこには一人は目を閉じ、もう一人は目を半開きにして、こちらを見ていた。その目を半開きにしている人間は彼女たちを見ているにしても、目が合っているのに反応しないところを見ると、目を開いているのがやっとというところで、まるで生きていることに関心が無いように見えた。ただ必死に、目を閉じている人間を抱きとめている。
「お、お母様」
「ミスター・ガトーレ、抱き上げられるかい?」
彼は無言のままその人間たちを抱えようとするが、
「大丈夫?」
ロニーがそれよりも先に手を差し伸べていた。彼女の手がその目を半開きにしている人間の前髪に触れようとしたとき、その人間は彼女の手に噛み付いた。
「――っ!!」
彼女の顔が少しゆがむ。
「ロニー!!」
クナがその手と口を引き離そうとするが、
「――いいの」
と、彼女はそれを制した。
「だって、私たちより小さくて、こんなにボロボロでぐったりしてるんだよ? 今の私よりずっと痛いに決まってるよ」
「えったい、ひうおおか」
その少年は必死に目を閉じている少女を抱え込んだまま、顎に力を入れていた。
「大丈夫、大丈夫だよ、私はただ君たちを助けたいだけ」と、ロニーは言った。
「怖くないから、大丈夫」
そのまま、少年の抱きかかえている少女に覆いかぶさるように、もう片方の腕で、少年の首にやさしく手を回した。
そうすると、少年の力がなくなったのか、それとも彼女のことを許したのか、それとも彼女が噛まれたために流したかもしれない涙を、その少年たちのために流しているのだとわかったからなのかどうかはわからないが、その噛み付く強さはだんだん弱くなっていき、彼も目を閉じた。
「ロニー、大丈夫?」
「うん。それよりもあの子たちを早く手当てしてあげて」
ガトーレは後ろに少年を背負い、前に少女を優しく抱きかかえて、クナはロニーを背負っている。
二人とも今日は長ズボンをはいており、少し下をまくり、靴を脱いで獣の足を出していた。他にも付け加えるとしたら、彼の場合は鬣(たてがみ)が生え、その中から獣の耳が出ていた。
クナも同じように尻尾を生やし、猫の耳をぴょこんと出して、準備は万端だった。
「お母様、ここで一番近くの病院は」
「一番近い病院はやぶ医者だからねぇ。うちが一番いいわ。ナットに頼みなさい」
「お父様に?」
「ええ、見たところ、2人とも大概は擦り傷、切り傷。ただ、そのこの方は完全に衰弱しきっているので、うちで手当てをした後、うちの近くの医者に頼みましょう。さあ、早く行きなさい」
「はい!」
二人はレンスに靴を預け、びゅんと走っていった。その速さはヒトであるヴァージニアとレンスにはおおよそ不可能な速さだった。
「貴女なら、アレくらいのスピードは出せるようになりますよ」
走り去って行った余韻の後、ヴァージニアは口を開く。
「ほ、本当!!」
「貴女は
能力人
ですからね。ただ、それにはよほど訓練をしなければなりません」
「訓練、かぁ」
「必ず結果は出ますよ。訓練しだいでは獣人と互角か、それ以上の身体能力を出せるでしょう」
「私、将来騎士になりたいんだ!!」
「なら、訓練は絶対必要ですね」
「ちゃんと強くなれるのかなぁ?」
「それは自分次第です」
そう話をきると、二人は歩き始めた。どれくらい歩いただろうか、もうすぐ自分たちの町が見えてきたとき、
「あ、叔母さん」
「何ですか?」
「この前の授業で習ったんだけど、この世界のほぼ半分がヒトって本当?」
「本当ですよ?」
「――そっかぁ」
「どうかしましたか?」
「ヒトって要は、獣人でもないし、私みたいな
能力人
でもないでしょ? どうして、その人たちは滅ぼされないのかなぁ?」
「その人達を守っているのが、獣人や
能力人
だからよ」
「うん。それもわかるんだけど、ほらぁ、ガトーレ達みてわかったんだけど、強い人達にみんな集まるじゃん? だったら、一番が自分より弱い人だったら裏切っちゃうんじゃないかなって」
それを聞いた老女は大変うれしそうな顔をして少女を見た。
「実は、それには色々学者たちの間で、仮説が立てられているのです」
「どんなどんな?」
「太古の昔、一番最初の進化したのはサルたちで、動物たちを脅かし、その過去の記憶が今でも残っている。アビルロは初め非常に希少で多くのヒトたちに奇異の目で見られ、今も心に深い傷が残っている等、他にもありとあらゆる仮説が出されています」
「ふーん」
言っている事が難解なのか生返事で答える。
「しかし、どれも矛盾点が多い仮説ばかりで全く定まったものがありません」
「じゃあ、まだわからないんだ」
「そういうことです」
「そっかぁ」
もう、彼女は興味をなくし始めていた。
「でも、好きな仮説もあります」と、ヴァージニアがいった。
「それは、論理というものでは片付けられるというものではないすばらしい考えです」
「へぇ。なになに?」
彼女はこほんと咳をつき、
「どの時代でも、どの世界でも、そしてどの人種も、どこかで誰かにあこがれているからじゃないのか? そのなかでヒトが他の種族よりちょっとあこがれやすいから、ヒトが多くこの世界を治めているのさ」
にっこりレンスに笑って見せた。
「ナットの言葉よ?」
力においては、ガトーレ・ゴールコートのほうが圧倒的に力が上であったが、速さにおいてはクナのほうが少し上であった。
「さっすがクナちゃんは速いねー。すごいすごーい」
自分では出せない速度の中では驚くものだが、彼女はそのようなことは気にせず、ゆったりと笑っていた。
「私は、こんなことより、ロニー――」
「ロン」
「ロ、ロンのほうがよっぽどすごい」
「ん、どうして?」
「私はあんなことできないし、噛み付いたら必死で手を引っ込めると思う」
「そ、そうかなぁ。クナちゃんにそういわれると照れるなぁ」
「ほ、本当にそう思う」
「私はただ、本当にただ手が出ただけなんだよ。噛まれても引っ込めなかったのはわからないけど」
『あんな言葉を言ったのもね』
「でも、私にはできないのだから、すごいよ」
「ん、ありがとう」
背負われているので、クナの表情は見えなかったが、ありがとうといわれたときの大抵――レンスとロニーに限ってだが――は顔を赤らめてうつむき加減になるので、おそらく今も顔をそうしていすのはわかった。
「おい、こら」
彼女たちの後ろのほうで声がした。どうやら彼が目覚めたのであろう。必死に後ろから女の子を助けようとしていた。ガトーレはそれぞれ片手で少年少女を抱いているため、少年を抑える方法はなく、唯一少年の後ろからの攻めを封じていたのは鬣という獅子特有の生え方であった。ガトーレは少し怒りをあらわにしていてもしばらく少年のさせたいがままにしていたが、やはり彼にも我慢の限界というものがあったので、弱肉強食を思わせずにはいられないような恐ろしく低い声で顔も獣に変化させて、
「お前から食い殺すぞ」
と、後ろから睨みを利かせた。雰囲気は既に大人の風格を持ち合わせていて、なおかつガトーレは声変わりを始めていたためはっきり言ってもう大人顔負けだった。そして当然少年にだんまりを与えるのには十分だった。
「ガトーレは顔怖すぎるから、本当に食べちゃいそうだよね」
「……誰が喰うか」
少年は完璧に魂を抜き取られてしまったようだ。
しかし、運ぶ分にはこれ以上好都合なことはなかった。そのせいでメトカーフ夫妻の家へはすぐに着いた。
少女クナはこの歳になるまであらゆる知識を身につけてきたが、それでも1歳か2歳、あるいは3歳年上相応のものしか持ち合わせていなく、まだこの世の中のことを知らなさ過ぎた。しかし、なくても十分大人にはなれるし、彼女は知るということに快感を覚えていた。そして、今回学ぼうとしているものは彼女にとって真の自信を手に入れるものになる。
少々痛みは伴うが。
CHAPTER FIVE
Fold The Newspaper
教育を受けていない人
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こんにちは。
更新しました。
やはり、更新は目に見えて遅いですね。日記を書くのに精一杯です。
しかし、思ったことを文字で表現するのは大変難しいことですね、毎回思います。
さて、今回は主人公コンタ・ロスノフスキはきれいさっぱり登場しません。今回書くことはとにかく多いと思うし、何より大事な場面です。主人公に会わないで何が大事かわかりませんが、僕にとっては大事な場面です。この5節は4節よりも長くなるかもしれませんので、なるたけゆっくり書いていきたいと思います。
いや、ゆっくりというのは執筆スピードが遅いのではなく、珠を磨くようにという意味で。
たぶん、更新も遅くなりますが、がんばって書いていきたいと思います。
それでは、次回もかけたら、がんばって続きを書きます。
乱筆多謝
作中ちょこっと解説
今回はなーしです