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 彼が目を覚ました理由は単に体力が回復したからではなく、自分の体が種族に似合わず冷えたのと、何か大きな鐘の音のようなものが聞こえてきたからであった。
「うぐぐ、さ、さみィ」
 竜の言葉はとりあえず聞こえることにしておこう。
 海炎竜は目を覚ました。動くたびに響く自分の傷だらけの体に鞭を打ちながら、彼はすでに氷の大陸とも言うべき場所から海へ向かい、浸かった。
 そして、彼がさっきまで戦っていた相手のほうを見ると、彼も目を覚ましたようで、体は動かさなかったものの、首をおこして頭をぶるぶる振っていた。
「あいつも目を覚ましたか」
 舌打ちをして、相手に聞こえる独り言をはく。
「ゴホッ、ゲホゲホ。一日くらい寝ていたかな」
 せきをするたびに氷面を赤く染めるのを見れば傷の深さがわかる。まだ、海氷竜は自分よりも先に目覚めたものに目を配る余裕はなかった。
「もし、一日も寝てるんだったら俺が永遠に眠らせてやるよ」
 それを聞いてやっと相手に気づいたようだ。
「永遠ね。長いな」
 一度大きく息を吸い、そしてはいた。
「で、再開するのか?」
「……いや」
 そういって、海炎竜は海上に浮かぶ二つの人間に目を向ける。
『大丈夫なのか、ミルグラント』



「まさか、本当に風使いだとは思いませんでした」
「人間だったら、甲板へ飛び降りたときに足が折れてるよ」
 そうですね。と相手の発言に同意した。
「それで、どうしても鞘に納めたままで戦うのか?」
 ミルグラントは今、剣を納めているが抜くのは時間の問題だ。
 彼らは海上すれすれでさもそこに地面があるかのように浮いている。彼らが立っている海上の水面は放射状の波ができ、足元には風が巻き起こっていた。
「約束を守るのが騎士とういものでしょう?」
 鞘についている紐は、しっかりと柄に結ばれていた。
「うむ。守るのはいいことだな」
 そういって、ミルグラントは剣を引き抜き、だらりと両手を下げた。それに応じるようにロウトーゼも柄をしっかりつかみ、剣先を相手の胸に、柄頭を自分の丹田に持ってくる。
 自分たちが起こすものではない自然の風が、彼らに当たったとき、文字通り風の (そよ) ぎは始まった。
 先に動いたのはロウトーゼのほうだった。右足を前に出すと足の風が後押しし、ミルグラントまで一気に間合いを詰める。
 ロウトーゼは剣を振り上げ彼の頭上に振り落とすと、相手は両手で剣を持ち、握っている手の間の柄で受け止めこてを返すことで、相手を振り払った。そのままミルグラントは相手の構えが崩れたところを狙い、首を切りかかるがロウトーゼはひざを大きく折ってよける。
風昇(ふうしょう)
 鞘を武器に戦う剣士が叫ぶと、柄から離した右手のひらから小さな風の渦が出てきて、それは瞬時に頭くらいの大きさになり、相手の顎に 掌底(しょうてい) を打つように風の渦を当てる。
 それは事実として、ミルグラントは柄で彼の腕の軌道をずらしたが、腹にあたることは避けられなかった。
 ミルグラントはうめきながら、相手と距離をおく。
「く、ふぅ。手加減のつもりか?」
「いえいえ。ただ、殺してはとらえることができませんからね」
「はっ、その言葉は俺のほうが似合ってるな」
 彼は一呼吸して、
「しかし、これからはそうもいかんだろう?」と、言ったとき、ロウトーゼの手の甲に何かくすぐったいものを感じ、目をやると、つなげていた紐はきれいに切れていた。
「陰険なことしますね」
 かれはたいていを整え、剣を鞘ごと左腰にさしなおし、剣を引き抜いた。
「トップ同士で手加減はやめようや」




「やッ!!」
 少年は男の繰り出した右拳を左手の甲でで受け流し、右拳を相手の水月に叩き込んだ。しかし、男は少し呼吸を止めただけで、そのまま右腕を引き右足を蹴り上げる。
「くっ」
 少年は両手を交差させて、その攻撃を受け吹き飛ばされる。
『このガキ、ただ力任せなだけじゃねぇ。確実に急所を攻めてきてやがる』
 コンタ・ロスノフスキは着地するときに一回転して着地した。
「う〜」
 やはり、痛かったのか腕を振って痛みを吹き飛ばしていた。そして、彼は靴を脱ぎ人の爪から獣の爪にかえる。
「アレイジにならずに、俺と戦おうとしていたのか?」
 ラルフ・ケンドル・ウルフは爪を甲板に引っ掛け、勢いをつけ飛び掛り、左手のひらで相手の頭をつかもうとするが、
「なんだ、頭をなでられるのは嫌いか?」
 少年は両手で受け止めた。
「子供だったら、一人で船に乗りませんよ」
 受け止めたまま右足を出すが、狼に足首をつかまれ、ふりあげ、甲板にたたきつける。板が割れる音が響き、船が揺れる。
 まだ、ラルフは足を離すことはなくまた振り上げ、煙突に投げつけ、また鐘の音が鳴る。
「一番近くで聴くとうるさ――」
 先ほどの自分の体験談を話そうとするが、
「ええ、本当にうるさいです」
 ラルフに音が聞こえてきたすぐあとに、コンタも強い弾性力があるように地面すれすれを飛んで戻ってきた。彼は腕を交差させて防ごうとするが、コンタは男の手前で着地し、交差した腕の中へ下から入り、掌底を顎に喰らわせる。
 ミシリと鈍い音が男の頭に響いた。
『こいつ、身体の急所が効かないとわかったら、頭を攻めてき、た? まさか』
 よろりと、自分の腕の中の少年を顎を上げた状態でにらみつけ、
「――っはぁ、はぁ……え?」
 ラルフは自分の尻尾を相手にまきつけ、回し蹴りをし、尻尾を放した。
 しかし、少年が左手でその尻尾を放さず、歯を食いしばりながら――そのとき口端から血が出ていた――身体をひねり後頭部に右ひじを叩き込んで、すぐに相手と距離を置いた。
「ふ、ふぅ、はぁ」
 コンタは急いで呼吸を整えた。
 格闘において大切なことは、筋力云々ではなく、回復力にある。
『このヒト、頭以外攻めるところがない!! 水月うってもびくともしないなんて、頑丈さは父さんより上かも』
「久しぶりだな」
 ちょうどコンタは、ラルフの背後にいることになり、彼に一体何が起こっているのかも、何を言っているのかもわからなかった。
「ガキの肉はうまいと聞く」
「?」
 ラルフはゆっくりとコンタのほうへ向く。
「――!!」
「クイコロシテヤル」
 ラルフは理性の眼をしていなかった。
 こういっているものの、飢えた目をしているのではなかったし、先ほどの 本能(アレイジ) の目をしているわけではなかった。
「オレガアレイジニモドッタトキハ、キサマハハラノナカダ」
 ここでもし恐怖に駆られたら、コンタは死んでいたかもしれない。
「オレノナ!!」
 ラルフは言語中枢を断ち切り、コンタに飛び掛りながら咆哮する。
 彼は本能を吹飛ばした



「ちぃっ」
 ミルグラント・ビーは決して自分の行動に関して後悔はしない。つまり、この舌打ちも自分の行動に対してではなかった。
 後悔しているのは自分が起こそうとする行動に身体がうまく動かないことだった。汗も体力を削られたために出てきたものではない。
『船が襲われたとき、副船長が先陣をとっていた。怪我かな』
 ロウトーゼ・カースクレイクはこの状況を楽しんでいた。下手したら負けてしまうかと思ったが、どうやら今は彼のほうが優勢であり、ほかにも今度国外へ出るときは賞金首リストは陸のだけに限らず、海のも持っていこうと考えてしまうほどだった。
 しかしミルグラントは別に集中力を切らしていたわけではなく、ロウトーゼの集中力を欠いたところを確実についてきていた。
「ぐっ」
『この人、本調子だったら私は確実に負けている。おそらく、いつもの半分も力はでていないだろう』
 それはロウトーゼを切りつけるたびに顔色を悪くしているところから見ても明らかだった。
「つかぬ事をお聞きしますが」
 一閃浴びさせ、相手の動きを見る。
「薬だよ」
 ロウトーゼの突きを剣の側面で防ぐ。
「そうです、か。――!!」
 そのまま横滑りさせ、水月に肘を叩き込む。ロウトーゼは身体を曲げながら風を使い彼と距離を置く。
「食事に少しずつ混ぜていったんだろうよ」
「え?」
「わかって何もしなかったのか? って顔だな」
 大きく息を吸い、そして吐く。
「気づいたときには、止まれないところまで来ていたん、だ!!」
 風を使うことは炎を操りやものを凍らすことよりも効率的だ。地面から浮いているときは特にそれが言える。つまり浮いているということは、人の間合いに入るときに呼吸が要らない。
 ロウトーゼが気づいたときには相手は自分の間合いに入ってきていた。しかし、近づくためには風を使わなければいけないため、相手は風を感じて相手が間合いを詰める予想はつく。
「っく!! とめればいいではないですか!!」
「べつに、いいだろ!! 勝手だ」
 剣と剣が交わる音はとても高い音で、波もそれに反応するはずだが、彼らを取り巻いている風のせいで波は波紋を起こしていた。
「じゃあ、なぜあなたは戦っているのですか? その話を聞くと、あきらめ死を覚悟したような口ぶりですよ」
 近似していた剣技のぶつかり合いが崩れてくる。顔色を悪くしている海賊一味の船長はそれでも技を繰り出すのをやめようとはせず、そしてなにより、顔色が悪くても苦悶の表情になることは決してなかった。
 決着はそれからさほど時間はかからなかった。
「斬、らないのか」
 もう、ミルグラントは海の上に立っているのがやっとの位であり、
「私は、約束、を、守る剣士ですよ?」
 ミルグラントの剣を特に取り上げることはせず、彼の鞘に納め、ロウトーゼも剣を鞘へ納める。
「失言でした」
「あぁ?」
 彼は (いた) わりをもって相手の腕を持ち、自分の首にかける。
「何のまねだ」
「年上を労わるまねです」
 そういって、船に視線を仰ぎ見て、
「指導者はどんなときでも、部下を守ることですからね」
 ここからでは、船上がどういう状況か見れなかった。




「う、あ」
 二人はほぼ同時に目が覚めた。おきた理由は衝撃が和らいだからではなく、大きな音で目が覚めたのだ。
「う、ううん」
「ミグ?」
「――リコ?」
 ミグナ・ハーティコートは腹を、リコ・キリワタは頭を抑えながら足を曲げ、上半身を起こす。
「起きたか?」
 バゼイシャーが声をかけるが
「何で隣で寝てるんだ?」
「こっちが聞きたいですわ」
反応しなかった。
「そういえ――」
 雷でも落ちらのだろうか、低い音が響いた。
 しかし、もちろん雷などではく、二人は今の状況をすぐに思い出した。
「海賊!!」
「状況は?」
 リコの答えを聞く前に――途中で気絶してしまったために無駄であるが――把握できた。
「意外にがんばっているよ、あの少年は」




 もう一組の戦いは、剣士同士のように紳士的ではなく、甲板のところどころに血がついていた。もちろん、ロウトーゼのつけたのも残っている。
「こ、の!!」
 少年は相手の腕を支点にしてひざを出し蹴り上げるが、まったくではないもののほとんど効いてはいなかった。
 相手はほえることはあっても、決して言語は発しなかった。
『獣人で、こんなの見たことない』
 ラルフ・ケンドル・ウルフは構えることはなくそのまま足の爪を十分に生かし突っ込んでくる。しかし、単調な攻撃ではなく、大振りではあるものの鋭い攻撃を少年に与えてきた。
 コンタ・ロスノフスキは大振りである彼の攻撃を利用して何度も返し技を繰り出すが先ほどのとおりの結果であった。
「それなら――」
 少年はある覚悟を決め、
「アオォ」
 彼の攻撃を正面から受け、吹き飛ばされた。
『う、腕もってかれた』
 どうやら少年の右腕は力をこめても反応しないようだ。そのまま船壁まで吹き飛ぶ。
「こ、これは?」
 リコとミグナが甲板へ現れる。
「隊長はどこに」
 吹き飛び壁へ当たるそのとき、空中で方向転換し吹き飛ばされている進行方向へ足を向け、壁に着地する。そのとき、つま先からゆっくりと (かかと) 、膝へ力を吸収しながら全身のばねを使って着地し、その力を利用して思い切り壁を蹴飛ばした。
 ほぼ同じ速さでコンタは吹き飛ばされた位置までもどり、相手を見る。ラルフはそこからの攻撃を見破れないわけが無くタイミングを合わせ薙ごうとする。しかし、コンタもそれはわかっていたことで注意するとことは相手が右手が来るか、左手が来るかだった。
『――左手!!』
 それを確認するとたれていた尻尾をピンと立ててバランスを変え、一度地面を蹴れる位に床すれすれを平行移動していた。そして、相手の攻撃をよけると頭をみぞおちにめり込ませる。
 相手は相手は吼え、衝撃の方向に吹き飛び、倒れる。
「大丈夫ですか?」
「おいコンタ」
 二人が即座に少年と狼の間に入り声をかける。彼女たち二人は彼らを抱き上げて守ることはせず、狼の方を向き身を案じた。
「……」
 しかし、コンタは返事をすることは無く、大きく息を吸っては吐いていた。
「あとは (わたくし) たちにまかせて――」
 少年は二人の言っていることが聞こえていないらしく、彼女らの間を通り抜け起き上がろうとするラルフに向かっていった。
「聞こえてないのか? なかなか集中力が――」
「そんな悠長なこと言っている場合ではないでしょう?」
 早くとめないと、とコンタをとめようとする。ラルフはすぐに向かって来る少年を口の端から血を流し息を荒くして待ち構えた。
 少年は相手の右から来る攻撃を頭を低くしてかわし、ラルフの懐に入ると、彼に背中を向け両手で――実際片手に近かったが――その右手をつかみ、
「はじめは大きく」
 そこを中心に大車輪と描くようにくるりと大きく回る。
「おわりは小さく」
 そうして、相手の後頭部に差し掛かったところで体を丸くして、小さく回ることで加速度をつけて、相手の後頭部に膝蹴りをあたえる。
 相手はうめくことも許されず、甲板にたたきつけられた。
「これで――!!」
 狼の尻尾が少年の腰に巻きつく。
「しまっ――」
 ラルフとコンタはちょうど抱きつく形になり、彼は大きく口を開け、少年の左首に噛み付いた。
「っぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「いまたすけ――」
 ミグナが切りかかろうとするが、コンタとラルフがぴったりとくっついているので近づくことしかできなかった。
『どうして一方的な攻撃なのに助けられないのですか?』
「1対1の戦いはこんなもんだ」
 しゃべってもいないのに、リコが彼女の隣につき、答える。
 彼女たちの足元の少年の左手がゆっくりと動き、少しずつ腕を動かし相手の頬を震えながらなでる。ラルフは動物が獲物をしとめるように少年の首を強く、深く噛み付いて、コンタの体を喰いちぎろうとする。
『いっぱつで、き、決めないと――』
 また少年は左腕を狼から遠ざけ、
『絶対に外さないと!!』
 こぶしを握り力をこめる。激しく抵抗すれば気づかれたかもしれないが、どうやら狼はその動作に気づいていないようだ。
 そして、骨同士がこすれる音が少年と狼の間に響き、ラルフのあごの圧力が緩む。そう感じたときすぐに、少年は首を動かし狼の牙を外し、立ち上がりながら彼と距離を置く。相手も立ち上がり少年を見据えるが、口は大きく開き、血と涎がとめどなく流れていた。
「顎を――」
「はずした?」
 彼女たち二人も、少年が飛びのくと同時に、狼と距離を置いていた。
「両腕動かないや……でも」
 じっと狼を見据える。ラルフはまだ自分の口に何が起こっているのかわからない状況らしく、しきりに顎を上に持ち上げては直そうとしている。その隙を少年は見逃さなかった。
 コンタは腕をぶらりとたらしたまま――左肩には大きな歯形がついていて、そこから赤い血が噴出している――上体を低くしてラルフにすばやく近づいていった。そうまですると狼も気づいたのか少年を見つめる。
 また狼は手足、そして尻尾を使い攻撃をしてくるかと思ったが今度は特に構えはせず、大きく息を吸うために体をそらし、ラルフの両手は弱い橙色の光を放っていた。
「まずい(ですわ)!!」
 狼は息を吐くと同時に口から火炎を吹き出し、両手からも炎を繰り出し、少年はとまることも許されず、真正面からその3つの火を浴びる。
 2人はラルフの両手が光りだしたときに、狼に向かって走り出していたが、間に合うことはなかった。
「父さんの狐火より弱いです」
 そのとき、ラルフ・ケンドル・ウルフは自分が自分でないにしても確かにその少年を見た。少年は自分の炎を真正面から受けて、体がある程度体毛で覆われているのにもかかわらず、たいしたやけども無く巨体である自分の下にいるのを確認したが、その少年は今まで見た少年のそれとは違っていた。
 狐の髪の一本一本がまるで覚醒しているように輝き、それでいるのに激しく輝くことはなく、その光は身体をまとっている静かなものだった。その髪は腰にかかるほど長いことは見ただけでわかり、それよりも気にかけたのはまるで2本のように見える尻尾と、長くなった髪の隙間から見える、赤い、紅い一対の眼がみえた。それを見ていたのは狼だけであり、他の人たち――彼女たち2人――にはその光がラルフの放っている火のものだと考えていたし、炎があまりにも激しいためリコでさえ少年の陰しか見えなかった。
 ミグナ・ハーティコートがその炎にひるみ、リコ・キリワタが握り締めた拳から炎を放ち、ラルフに向かっていったそのとき、狼は体をくの字になって吹き飛び、また鐘の音が鳴り響いた。




 彼がその攻撃を受け、気が付いたとき体が思うように動かなくなっていた。
「あ、がが?」
『うまくしゃべれない?』
 もし彼が意識を保ったままで戦っていたなら、コンタはおろかリコ、ミグナでさえも、彼は勝利を収めていただろう。彼がどうしてこのようなことになったのかは、要約するに身体的に大人である彼が身体的に子供である少年に痛烈な物理的な衝撃をもらったために、彼の中に在る何かが傾いてしまったのであろう。おそらく相手が大人であった誰かであったのなら、意表を突かれた攻撃でもその意識下のまま戦い続け勝利していたはずだ。
 彼は今まで自分より年下と戦ったことはあっても15歳の少年等とは戦ったことが無く、コウタ・クロイがもし今隣にいたのであれば、「君が知らなさすぎたのではないのかね?」と (たしな) められたことであろう。
 ラルフ・ケンドル・ウルフは負けたのだ。



「もしまだ戦う気力があるのでしたら――」
 狼の手、足、腰周りが煙突を背中に凍りついた。
「お相手いたしますけど?」
 座っている状態のラルフは何も言わず、ぼんやりとミグナを見上げていた。
「ああ、顎が外れているんですわね」
『……外れているのか』
 どうりで動かないわけだ。と彼はやけに素直に落ち着いていた。
「ただ」彼女はすっと右足を少し前に出し、「そのような状態でも、手加減はいたしませんが」
 と、右手を左腰の柄に手を置き、静かに冷気を放った。



「ヒノ、今日で俺たちの関係は終わった」
 ヒトの声量にあわせた鳴き声をオレンジ色の竜がする。
『負けちまったもんな』
「次の楽しいことを探しな」
 海氷竜はゆっくりとアルカベルノ号へ向かっていた。
『結構、おもしろかったぜ』
「お前たちは長生きだからな、好きにしな」
『ゲギャア。まさか、一応最後まで送るさ』
 海炎竜は静かに海の中へもぐり、こちらもゆっくりと海賊船へと戻っていった。
「もう、よろしいので?」
「変な気を起こすな、勝者め」
 しかし、ロウトーゼ・カースクレイクのおかげで少しは楽になったのは事実だ。
「急いで、甲板へ戻るんじゃないのか?」
「――!!」
 それに気付くと彼は自分の右肩にミルグラント・ビーの右腕を強く握り締め、アルカベルノ号へ戻ろうとする。
 そのときに赤く炎のようなものと鐘の音が聞こえた。




「う、う〜ん」
(目を覚ましたようだな)
『朝かなぁ』
(仕事二日間もサボりやがって)
『もう少し、寝ていた……仕事?』
「おきたら、24時間働いてもらわないとな」
『たしかぁ……旅にでてぇ、船に乗ってぇ』
「こんなに大きな歯形をつけている少年にかい?」
「当たりま――」
『……仕事!?』
 少年コンタ・ロスノフスキは目を覚ました。船長に頭突きをすることで。
「イタッ!!」
「イテェ!!」
 後頭部をベッドにうつ。
「あぅ〜〜」
「クソッ」
 船医はコンタに駆けつけ、コウタ・クロイは笑いを (こら) えていた。
「大丈夫かい?」
「え、あ、はい」
「船長、怪我人は安静にさせろといってるだろ?」
「俺のせいかよ。こいつが――」
「バズ、民主的には不利だな」
「……あっそ」
 船長、副船長、船医がいつもの言い合いをしていると、またすぐにコンタは起き上がりベッドから降りた。
「す、すぐに行ってきます。最初は窓拭きですね」
 そう言って救護室からでようとするが、コンタはドアに近づくつれ、まるで足の骨が抜けてしまったようにへたりと座り込んでしまった。
「あ、あれ? たてない」
「当たり前だろう。三日間もずっと寝ていたんだから」
「――三日間?」
「そ、ずっとだ」
「ずっと……」
 そう考えると、少年は自分のおなかに手を――動かすのにいつもより少し力を使って――やる
『おなかすいた』
 空腹の音もそこから出て来た。
「何か食べるかい?」
 コウタは面白いものをみせてもらったお礼といわんばかりにやさしく質問し、コンタはコクンとうなずいた。




「しかし、すごい回復力だな。獣人はみんなそうなのか?」
 船医は救護室をナースに任せ、船長、副船長と一緒にパプリコにいた。
「両腕とも、折れるのより治りが遅い怪我なのに」
 ほぼくっ付いている。と治した船医自体も驚いている。
「ふぉうでうねぇ。おえあああいあいふふかえくっふいまうお(そうですねぇ。折れたら大体2日でくっ付きますよ)」
「……まあ、食べてからで」
「じゃあ、あの狼野郎も?」
「ん、ああ。あいつも少年ほどじゃないがな。獣人の回復力は常人よりいいらしい」
「じゃあ、まずいじゃないか」
「あの狼は今、氷付けらしいぞ」
 バゼイシャーの質問にコウタが答える。
「氷付け?」
「ああ、なんでも、クラノ隊長ほどじゃないといっていたがね」
 どうやら、4人のうちコウタだけが彼の素性を知っているらしい、彼の性格上聞いても、答えを聞いた後散々皮肉を言うから2人は聞かずに話題をずらす。
「それで、どれくらいで着きそうなんだ?」
 船医が聞く。
「そうだな、ツメリが意外に重症でな」
「獣医ではないからな私は」
「アグはツメリが嫌いなだけだろ? 動物だって治すじゃないか」
「いつもいってるだろう。私は寒いのが嫌いなだけなんだよ」
 ハムにフォークをさして口に運び、アグモント・コリー船医はコーヒーのお替わりをするためにウエイターを呼んだ。
「内臓が激しくやられてててな、2日ほど遅れそうだ」
 船長はこの年になってもストローを使っていて、さも楽しそうにオレンジジュースを飲んでいた。熱いコーヒーが注がれ、
「しかし、こいつの怪我もひどかったが私が苦労したのはミルグラント・ビーより片手の接合だな」少しずつ流し込む。
「ビル・ブラックだっけか」
「ああ、あんなことやったのは20年位前だったかな。だからいっておいたよ、拍手をするとき甲を叩くくようになってしまうかもしれないとね」
「で、ミルグラントは?」
「向こうにも ちゃんとした(,,,,,,) 船医がいるだろうからな」
 じゃなきゃ、腕の接合なんてしないさ。と腰を上げてのそりとパプリコを出て行った。
「はぁ〜、食べた食べた」
「3日分食べたかい?」
 紅茶を手にとって、はい! おなかいっぱいです。ときいてからコウタはそれを口に運んだ。




 その日の夕方にはコンタ・ロスノフスキの左肩にまだ歯形は残っているものの、両腕は十分動かすことができ、次の日からはいつもどおりの仕事をこなし、ヴェルトリオールに入港したときには狼の歯形もなくなっていた。




「海賊の捕獲ありがとうございます、ロウトーゼ・カースクレイク様」
「いやいや、お仕事ご苦労様」
 ロウトーゼ・カースクレイク、ミグナ・ハーティコート、リコ・キリワタは海賊の引渡しに立会い、相手に敬礼をする。
 海賊一味は全員一つの縄でつながれ――一人は氷付けで、もう一人は腕の怪我のためつながれてなかったが――護送用の船に向かって行列ができていた。
「船長さん」
「あぁ?」
 コンタが話しかけたのは、バゼイシャー・ガワーではなく最後尾につながれた海賊の船長ミルグラント・ビーだ。
「――脱獄、しないんですか?」
 少年がはっきりと、それはもうはっきりとバゼイシャー、コウタ、アグモント、ロク王国騎士3人、護送隊、周りの一味のほとんどに聞こえるように質問し、聞こえた一味は動きを止める。
「お前、なにいってるんだ?」
「あれ、ロク語じゃ通じないんだっけ?」
「そういう意味じゃねぇよ」
「えと、じゃあ――」
「俺たちの今の状況わかって言ってるのか?」
「じゃあ、しないんですか?」
 少年は彼らが脱獄するということを信じて疑わず、そして期待していたためにでた眉をひそめた不思議そうな顔と疑問符は彼にぶつかって行った。
「……そうだな」
 彼は真っ直ぐ海を見た先には二匹の竜が並んでこちらを見ていて、ミルグラントが見たのは海炎竜のほうで、

ゲギャアアアァァァァ

と、耳を押さえてしまうほどの鳴き声が聞こえた。
「しないねぇ」
 彼の表情は戦闘が終わったときの表情はしていなく、血色のいい顔で全然あきらめていない顔をしていた。それを聞いた彼らの仲間は、後ろを振り向かないでも彼のあきらめない意思は伝わった。
 もちろん、それを聞いていたバゼイシャーたちも容易に判断することができたが、船長の体調のよさと絞首台に乗る者、乗らない者との覚悟の違いを見れば、これがどういう結果に終わるかは勘の鋭いものには容易に想像できた。
「はぁ、そうですか」
「――お前、名前は?」
 彼の発言の後、護送船のクルーたちは (あわただ) しく、動いていたために風使いの言葉は周りに聞こえなかった。
「コンタ・ロスノフスキです」
「脱獄なぞ考えないことだな」
 少年が名前を言い終わったちょうどそのとき、後ろから大男がミルグラントを押す。
「海賊の言葉を信じないのはいいことだ」




「ミグナ」
「なんですか、ビーワン」
「サンキュ」
 片腕だった男には、隣に護送のクルーがいた。
「あのガキたちは?」
「シュウヘイさんとヤヨさんなら、ちゃんとお母様の所に返しましたわ」
「そうか」
「ちゃんと手はくっついたようですわね」
 そういうと彼は包帯をしている腕を上げてしっかり動くことをみせる。
「指が動くかどうかはまだわかんねぇってよ」
「なら、努力するんですわね」
「ハッ、厳しいお言葉で」
 最後にもう一度片腕を振ると、大手を振って歩き出した。



「コン」
 海賊団一味が全員護送船に送り込まれた後――海炎竜はいつの間にかいなくなり、王国騎士3人はまだ、手続きのためその船のクルーと話していた――不意にバゼイシャー・ガワーに呼ばれた。
「はい」
「いつまで着てるんだ?」
「え?」
「たしか、このヴェルトリオールまでが契約ではなかったかな?」
 コウタ・クロイも彼の横に並びながら答える。
「え、あ、あー!!」
 早く着替えて来いと、船長が促すとコンタは急いで着替え、そして戻ってきた。
「はぁ、着替えてきました」
 戻ってきたときに、ポフッと封筒をコンタの頭の上に置いた。
「これは?」
「おまえ、本当に馬鹿だな」
「いや、彼の場合はのんびりしているのだ」
 なるほど、顔にいっぱい傷がついている船長は少年を見ると確かにこの糸目はのんびりさを強調しているし、口調も穏やかだ。
「まあ、いいや」
「あ、ありがとうございま――こ、こんなに!?」
「しめて、800ランカだ、もっていけ」
「でも確か600ランカ――」
「本当なら、あの狼が損壊した船の修理代を請求したいのだが――」
「あ、そうなんですか? なら」
 今度はコウタの手の平に封筒を返す。
「い、いや、今のは」
「コウタ、こいつにそういう言動や控えたほうがいいぞ? 本気にするから」
「どうかしました?」
「コンタ君、今のは冗談さ」
 少年の手に返す。
「これは、航海日程が2日程ずれたからね」
「あと、チップも全部入ってるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「お前が働いた分を払っただけさ。しっかりとっておけ。なくすなよ」
「はい!!」
「ただ、海賊の事に関しては入っていないからな」
「海賊のことですか?」
「お前を金で動かしたなんて思いたくもないからな」
「わかりました」
 わかりゃあいい。と答えるともう3人の間で話すことはなくなってくる。
「もう、すぐ行くのか?」
「そうですね。1泊はここで泊まろうかと考えています。お金もありますし」
「ん、それもいいだろう」
「また、どこか出会うことがあったら是非来なさい。アルカベルノ号はいつでも歓迎するでしょう」
「お金があればな」
 クックックと大人二人が笑うと、もう完全に話すことはなくなった。
「ありがとうございました」
「ん。死ぬなよ、コン」
「いろんな場所を見てくるといい、コンタ・ロスノフスキ」
 そういって大人と少年はお互い握手をして、背中を向け歩き出した。




「しかし、ロスノフスキ家の者だとは」
「ん? なんかいったか」
「性格は父親に似てないなと思ってね」
「――なにいってんだ?」
 こっちの話さ。と、二人はアルカベルノ号へと戻っていった。




 海賊の引き渡し、下船の手続きが終わり、ヴェルトリオールの町に入ったとき。2人は見覚えのある背丈と、尻尾、糸目の少年を見つけた。
「コンタ君?」
「あ、ロウトーゼさん、リコさん。え、えと――」
「ミグナ・ハーティコートですわ」
「あ、ども」
「どうしたんだい?」
「え、べつに。おなかがすいたので食事にしようかと」
「船で食べないのか?」
「はぁ、それでもいいですけど。一応もう仕事は終わったので」
「終わった?」
「はい。ヴェルトリオールまででしたのでクルー見習いは」
「なるほど」
 そういうと、ロウトーゼ・カースクレイクは少し考えて、思い出したことを話す。
「君、何歳?」
「15歳です」
「ふむ……じゃあ、私たちの国へ来なさい」
「へ?」
「言い忘れたことがあったんだ。あの通路で言い忘れたこと」
 そういわれて少年もあの時、ロウトーゼが何か言おうとしていたことを思い出した。
「実はね15歳以下の旅は認められてないんだよ」
「え?」
 そういわれて彼女2人はこの少年が1人でいる理由を把握する。
「まあ、完全に認められていないというわけではないんだけど。原則禁止になってるんだ」
「――それ、本当ですか?」
 コクリとうなずく。
「その場合ね、その子が十分旅に出るだけの力があるか試す必要がある」
「は、はぁ」
「そして、その権限は国々の隊長しか持っていない」
 わかったようにコンタはうなずく。
「そして、私は隊長なんだ」
「なら――」
「彼女たち二人は、君の戦いを見たんだけど、私がこの眼で見たわけじゃないから、君のことを認めるわけにはいかない」
「え、えと。じゃあボクはどうすれば?」
「そこで、た」 
 彼は少年に顔を近づけて、
「私たちと一緒に来ないかい? という話になる。本当ならここでその認定手続きをしてもいいんだけど」
『君の戦いを第三者として見てみたいし』
「ロク王国まで行ったほうが何かと便利だし」
 彼は適当にはぐらかした。
「実のところ、15歳以下で手続き無しで旅をしている人のほうが断然多いけど、この決まり自体つい最近できたものだからね」
「はぁ」
「王国騎士に見つかってしまったのを運が悪いと思って、一緒に来てくれないかな?」
 彼ら王国騎士がどうしてここにいるかはわからないが、この決まりは発布されたのはいいものの、実際それを見分けるのは大変困難なため、あってないような決まりであった。事実、ロク王国で初めて発見できたのはこの少年だけで、これ以降後にも先にも15歳以下の旅人を捕まえ、手続きさせるということはなかった。
 この決まりはあまりにも効果を果たさなかったため、後々廃止となる。少年は最初のこの決まりの犠牲者となった。
「はい。わかりました」
「うん。いい返事だ。それじゃあ、一緒にご飯でも食べようか」
 そういって、少年と大人3人はまず、この町の食堂へ向かうことにした。
「これは 正当な理由(ア ヴァリッド リーズン) だからね」
「何か言いましたか隊長?」
 この独り言を聞き取った彼女にただ首を横に振り、
「なんでもないよ」
 と、笑ってごまかすのであった。


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 こんにちはお久しぶり、バロヴズ・バロンです。
 ええ、本当にお久しぶりです。むしろ謝ったほうがいいかもしれないほど遅くなりました。
 ごめんなさい。
 さて、何とか宣言どおり、ここでこの節を終わらせることができました。一応推敲はしたので、漢字間違いはないかと思いますが、もしあるようでしたら、メイルフォームで返事をください。
 ここでは何度も言っていますとおり、初めてバトルシーンを書きました。ので、いかんせんもし読んでくれる人がいたと仮定すると、とても読みにくかったかと思います。一応、バトルシーンはこれから何度も何度も入ってくるのでそのつど自分なりに読みやすくしていこうと思います。
 そうそう、書き終わって、文字数を確かめるとこの章だけで50000字っていました。ものかきさんからしてみると少ないかと思いますが、私から見るとスゴイなぁと思っています。次の章もこれくらい長くなるのでしょうか。
 それはまだ書いていないのでわかりません。
 さて、次のお話はヒロインへと視点を変えていきます。
 ああ、次も長くなりそうです。
 それでは、次回もかけたら、がんばって続きを書きます。

 乱筆多謝

 作中ちょこっと解説
水月(すいげつ):みぞおちのことです。たたかれると結構痛い。
嗜める(たしなめる):まあ、注意するということになりますね。
脱獄(だつごく):にげだせにげだす
A Valid Reason(ア ヴァリッド リーズン):正当な理由です。 こういうタイトルのつけ方は大好きなんです。
 

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