外のほうで雄たけびが聞こえてきたとき、彼女ミグナ・ハーティコートは船内一階を少し軽めに走りながら各扉を開けたり閉めたりしていた。
「ついに始まりましたわね」
一つため息をつくと、自分の後ろに倒れている彼らの仲間を見ながら、
「でも、これくらいの強さでしたら二人で難なく倒してしまうでしょうね」と、常に左の剣をいつでも抜けるよう手がけていた。
そして、また扉を開ける。
「シュウヘイさん、ヤヨさんいらっしゃいませんかぁ?」
返事が聞こえなかったので扉を閉める。
ミグナが走りながら探しているのは小船に乗り遅れた二人の子供で、いざ小船に乗り込もうとした矢先、母親が二人に呼びかけても返事は聞こえず、姿も見えなかった。いなくなってしまった原因が恐怖心なのか、好奇心なのか定かではないが、少し目を放した隙だ。苦労する親は今回に限り命の心配のためか彼女になきながら懇願した。
「すぐに殺されはしないでしょうけど……」
上のほうで
街中
でよく聞く泣き声がした。
「無傷で返す自信がありませんわ!!」
階段を駆け上がっていった。
二階で耳を
澄
ます。まだ、上。
三階、違う、まだ上だ。
四階、もう耳を澄ます必要が無かった、この階だ。
彼女にとって運が良かったのは階段を通り過ぎるときに聞こえたことだ、階段を伝って見事に彼女の耳に入った。
自分の足音には一切気にせず声のするほうへ向かうと、泣いた原因が大人であることがわかった。
レストランの隅で大人が三人ほど囲んでいれば子供たちの姿が確認できずとも、そこにいるのがわかった。
「おい、泣くなって」
「別に、殺しはしないから」
「しかし、親もひどいなぁ、こんな小さい子船に残して」
三人はしゃべっていること自体はやさしいのに子供にナイフを出しながら仁王立ちで片目がない人がその中にいると、どう見てもあやしているようには見えなかった。
「どうする、おやのところにつれてくか?」
「そうするか」
一人がしゃがんで子供たちに手を差しのべる。当然相手は彼の手をつかもうとはしなかった。
「でも、俺たち海賊だぜ?」
「んなこといった……」
そのしゃがんだ一人がたっている二人に目をやると、視界にチラッと人影が見えた。そのとまった彼を見て二人も振り返る。
「その子たちに一つでも傷をつけてごらんなさい、その傷つけた腕を二三本もっていきますわよ」
ミグナは立ち止まり、息を整え剣を抜いた。
「ん、お前こいつらの姉ェちゃんか?」
「いやぁ、どっちかって言うと母ちゃんじゃね?」
「女の怒った顔怖ェ」
三人は泣き声を後ろにそれぞれの感想を述べた。
「わ、私はまだ二十二です!!」
今にも足踏みをしそうだ。
「ほらァ、やっぱり姉ェちゃんじゃねぇか」
「お前、見る目がねェなあ」
「んー。そうかぁ?」
そんなことはまったく気にせず、会話は淡々としている。
「おとなし……」
無理やりにでも戦闘員一人は子供たち二人を抱きかかえ、彼女と
対峙
すると、
「ほれ」
「え?」
「はやくしろよ、姉ェちゃん」
と、彼女に子供たちを前に出した。そういってもしばらく、彼女が近づこうとしなかったので、男は自分から近づき泣き叫んでいる二人をそこにそっと置いた。彼が近づいたのは彼女が状況をつかめてなく、殺気、あるいは覇気が感じられないのと、自分が二人を抱えていたので切り掛かるはずがないと踏んでいたからだった。
彼が元の場所に戻る間に、ミグナは腰を下ろし二人をあやしてなんとか泣くのをやめさせた。
「どういうことですか」
「どういうって、なあ?」
両隣の男に、意見を集める。
「奪うものは殺してでも奪うが、奪いたいもんは子供じゃなェし」
「それに、別に俺たち、こいつらにやなことされてねェし」
「まあ、そんなかんじ」
「……。さあ、ふたりともお母様のところに帰りましょうね」
無言のまま立ち上がってから、彼女は三人に話しかけた。彼女が左ごしの剣から手を離したのは、子供たち二人と手をつなぐためだけではなかった。
「そうですか」
「ああ」
残りの二人も大きくうなずいた。
「あなたたちは切り倒さなくてもよさそうですわね」
彼女は彼ら三人に背を向けても特に注意はしなかった。
「はァ!? どんな自信だそりゃ?」
どんどん彼らから距離を置いてあるいていく。
「一海賊の戦闘員に敗北したとあっては国に帰ってから皆さんに笑われてしまいますから」
さっきの怒りっぷりはいつの間にかおすましになって、彼女は自分を取り戻していた。
「やなことされたとあっちゃあ黙ってられるか」
彼女の後ろからうっすらと殺気を感じ始め、その音を聞く限り自分の背中では刃物を抜き、構える音が聞こえてきた。
「私、なにかしましたか?」
それでも、聞こえる音をよそに、もう階段は目の前だった。
「いいや、海賊っていうのは心が狭いだけさ」
三人は自分たちのことをよく知っていた。
彼らが走ってくると少し床が揺れた。
「シュウヘイさん?」
「え、へえ?」
「両方の手を決して離さないでね、お兄ちゃん?」
彼のもう片方の手に、今の今までミグナの右手につながれた彼の妹の手を
つながさせた。
そういう動作をしても、振り返って剣を抜くのには十分の時間があった。それでも、彼女が振り向かなかったのは……、
「オ? きれいな
嬢
ちゃんとガキ、発見!!」
階下からナイフが飛んでくる。
言葉よりも先にナイフが飛んできたので後ろによけてしまった。
その横から三人も切りかかってくるのをなぎ払う。
「子供はころさねェよ」
「私は?」
戦いにおける会話は一つの
隙
や体力回復のためのいいわけだが、これは臨戦態勢を整えるのにも有効で、剣を抜くのには十分の時間だった。
「死ねば、殺されないだろ?」
構えるための時間も確保できた。
「もうすこし気の利いた皮肉はいえないものかしら?」
「海賊にそれは少し無茶だろう」
上から振り下ろされる剣の峰に自分の剣先を当て受け流し、相手の剣先が床に少し刺さったとほぼ同時に切り上げながら、相手の下腹から胸上まで切りつけた。
「でも、無理じゃありませんわ」
両手で剣を持つことができないため致命傷には至らず少しよろめいただけだった。自分の切られた胸を見て、
「ひょっとして、強い?」
そういってから、彼女をまじまじと見た。
「少なくとも、あなた方よりは……」
しっかりと相手の疑問に答えようとしたが、突然の出来事に言葉を少しをためらってしまった。
「ぐあッ」
相手の右腕がなくなってしまったのだ。さっきまでちゃんとあったし、彼女はまたもや状況を読めなくなった。
「い、一体」
彼が階段のほうを見ると血のついた剣を持っている仲間がいた。一瞬時間が止まったかと思ったがすぐに相手はまた切りかかってきた。
「て、てめぇ、どういうことだ」
ミグナとほか二人は言葉が出なかったし、動くこともできずに構えたままたっていた。
「切る相手を間違えただけさ」
そういっても、自分に向けられたさっきは消えることは無かったし、とっさにナイフを抜いていなければ確実に胸の傷が十字になっていた。
「お、おいお前らどうにかしろ」
右腕のない男が二人に呼びかけ、加勢を頼もうとしたが、また階下から三人ほど現れ二人に攻撃を仕掛けてきた。
ミグナはますます状況がつかめなくなり、自分の左にいる二人は泣き出してしまった。階下から来た四人は三人をミグナのほうへ突き飛ばした。
ますます、二人の泣き声が大きくなる。
「たしか、ラルフが言うには……」
四人のうちの一人がぼそりと口に出す。
「戦死にみせかけるんだよな?」
ミグナが状況を読む上で一番最初に気づいたのはこの自分の前に座り込んでいる三人とはおかしく曲がった殺気をあの四人は持っているということだった。
何かがおかしい。
「うるさい子供と女は後にしようぜ」
「ああ」
これを好機と見るかはわからないが彼女のことをどうやら戦力として入れておらず、なおかつ今この場で計画を練るために四人が話し合っている間、時間ができた。
おそらく話す内容からこの海賊団内で何が起こっているのかを把握するロウトーゼほど頭は良くないし、なおかついざというときのリコより機転が利くわけでもなかった。
「何か変ですわ」
これだけわかれば十分だった。
「お、おい姉ェちゃん」
「……」
「お前ら三人には傷一つつけねェから、少し手伝ってくれないか?」
「……」
男の懇願の目はもうない腕の痛みでゆがんでいた。
「少し、痛いですわよ」
テーブルの上にのっているグラスの水をなくなった右腕付け根にかけ、彼女はしゃがみ、切り口を手でなでた。すると二、三秒彼に激痛が走り患部に目をやると、そこは血を周りの水分が凍り赤く、そして白く凍ってしまっていた。
切りつけた四人もそれをみて、驚き、その驚いたためにできた時間を彼女は無駄にはしなかった。
一時的に子供の手を離し、男四人に向かっていく。
「
横雷氷
」
と、斜め上に切り上げ切り下げ、また切り上げる。文字通り横に雷が走ったように線を引く。その線のとおりに、四人の体は切られ血が吹き出た。
「こ、こいつ剣術を……」
「それが、最後ですか」
もう、彼女は剣を納めていた。吹き出た血は凍り、切られた四人に針、または少し小さめのナイフになって刺さった。切り口は決して凍ることはなく、どんどん血は吹き出るものの床を汚す前に凍り、出した本人に刺さっていった。
「しゃべるのは」
そして、彼女が言葉の続きをいったときにはその勢いに押され彼らは背中から倒れた。
彼女には
余韻
に浸る暇はなかった。倒れた四人に背を向け子供たちのところへ戻った。
「もうだいじょうぶですわ」
彼女はそれを嫌がることなく、もう一度彼らを泣き止ませた。
「さあ、腕をお持ちになって。もう痛くはないはずよ」
「あ、ああ」
あいた口がふさがらないのか、どういう理由があって腕を持ってくるように言ったのかもわからずにゆっくりと立ち上がり、倒れている四人のそば、テーブルの下にある腕を持ち上げ、彼女に渡した。
両腕で二人をだき、あやしていた彼女はもうそろそろ泣き止んだ男の子の方の腕を解き、彼の腕を受け取った。
「そんなもの一体どうするんだ?」
「この船やあなたたちのにも医者はいるでしょうか、ら」
彼の腕を一瞬のうちに凍らした。
「は?」
「さ、服にでもくるんで戦いが終わるまでもっていなさい」
そういって、そのままで持つと凍傷をおこすとだけ言って、男はテーブルクロスを使って受け取った。
「とにかくここはまずいですわ。ここの従業員控え室へ入りましょう」
「おい、姉ェちゃん」
それが、控え室へ入った片腕男の最初の一言だった。残りの二人は閉じたドアの内側からいつ、入ってくるかもわからない敵を警戒していた。
「海賊を信じるのか?」
彼女は子供二人をデスクに座らせる。
「自分で言ってこうい……」
「いい? 私はこの子達の御姉様ではありませんし、母親なんてもってのほかです。私の名前はミグナ。ミグナ・ハーティコートですわ」
人差し指をさされ男は身じろいで彼女よりもその指に焦点を合わせてしまった。
「そ、そうか」
「そちらは?」
「んん? 俺ら?」
「そ」
「んー、別になんでもいい、海賊A、C、Dで。なあC、D?」
後ろで背中合わせに構えている二人に尋ねる。
「俺がC」
「俺がDだ」
「どうせこのときだけなんだから」
三人はまあしょうがないと納得しようとしたが、
「それではだめですわ」
ミグナのほうが納得できなかった。
「なんで」
こちらのほうが彼女に名前を覚えさせる労力もないし、逆に彼が疑問に思ってしまった。
「いざというときCとかBで反応できるのですか?」
「……できるかって?」
「そうですわ」
「できる」
後ろの二人は無言で首だけ動かした。
「なら、別に……」
「俺はビル・ブラック」
「俺もビル・ブラック」
「俺もビル・ブラック」
「え? お、同じ……?」
「入団したときに名前を決めるんだが、呼びやすい名前考えたら三人とも同じ名前になった。で、普段からビーワン、ビーツー、ビースリーって呼ばれてるから、全然」
と、ビーワンは言い切った。
「そ、そう」
「ま、そういってくれるならそれでもいいが」
クロスに巻かれ激しく凍った腕を首からさげ、自分の肩を触ってみるが感覚はない。
「では、これから私たちがやることをいいますわ」
「え、お、おう」
「敵の
殲滅
です」
「せ、殲滅って」
「なにか?」
「一応俺たちの仲間だが」
「その右腕は誰にやられたのかしら?」
「それはそうだが……」
「なら、議論の余地はありません。この会話の間、どうやらほかにレストランに入ってきた
あなたたちの
仲間は来てないようですわね。では参りましょうか」
そういって、子供たちのほうを向き、
「シュウヘイお兄さん、またヤヨさんをお願いしますね?」
と、少しさっきと状況が違うのか、顔にも先ほどまでの笑顔が消えていた。
「……」
少年は無言でうなずく。それを彼と瞳を通して確認できたので、彼女は左手を差し伸べた。
「さあ、いきますわよ」
妹の手をとり、もう片方の手をミグナと手を結ぶと、
「……ねぇ」
少年は妹の視線に気づかなかった。
「もう、あの怖い顔の人たち……」
「ええ、一時的に共同戦線をはりましたのよ。んー、こういう言い方は少しおかしいですが、つまり私たちのなかまになりましたの、一時的にね」
「……そう、なの?」
「はい」
彼女の手をつなぐと、やさしく二人をおろした。そのときだけ少女は床に注目するがまた、視線を戻した。
ミグナが私の後についてくるようにと三人の男に指示を出し、扉を開こうとしたとき、やっと兄は妹の視線と彼女が何を言いたいのかに気づいた。ミグナのスカートのすそを引っ張り、
「……ねぇ」
「しっ。もうすぐお母様に会えますから」
もう一度、彼は引っ張った。
「なんですか?」
彼女が少し声を荒げていても、少年は泣くことはなかった。
「あの人、痛くないの?」
後ろの片腕男に視線をやる。
「痛くないはずですけど、それがなにか?」
「ああ、痛くないぜ、少年」
にっかりと笑って、右肩を動かす。本当にもう痛くないようだ。
「だ、そうです」
振りむいて、ドアを開けそうなところをまた、すそを引っ張られた。
「い、一体な……」
「あ、あのね。ひ、ひとつだけ……」
「なんですか?」
やはり怒りはじめてきたようだ。しかし、彼は臆することなくまっすぐ彼女をみた。
「ヤヨに血を見せないでください」
「え?」
残りの男三人は無言をきめこんだ。
「目隠ししてもかまいませんから、妹に血だけは見せないでください」
「……」
これが妹から読み取った答えだった。
少年自体はただ単に、彼女に怖いものを見せたくないだけの発言だが、ミグナにはそれ以外にも感じたものがあった。これは大人からだけがわかるものかもしれない、おそらくこれからおこることは子供にはつらいものだろう、まだ十歳もいかないこの普通の
兄妹
に見せれば、良くも悪くもこの二人は変ったしまうだろう。彼女にはこの兄妹にとっていいことになるであろう自信がなかった。
「ビルさんたち、よろしいかしら?」
「なんだ」
「剣を鞘に納めたまま、私に」
彼女はデスクにおいてある花瓶に手をかけ、シュウヘイの手を離し、三人からもらった剣と自分の剣の
鍔
に水をかけて、剣と鞘の付け根にしみこませ、一気に凍らした。剣と鞘はぴったりとくっついて、溶かしでもしない限り抜けそうになかった。
「では、お返ししますわ」
「返すって、お前これ……」
「これから敵とあいましたら全員これで倒してください」
「こ、これで?」
「一般市民の子供たちに、恐怖心をあおることをしたくないのです」
しばらく悩んだ末に三人は子供たちをみてから、無言でうなずいた。
「それではいきましょうか」
ドアノブに手を握ったときに、ふと気づいて振り向かず彼の最初に質問に答えた。
「
蒼凍
族がいざというときに信じるのは他人でも、海賊でもありません」
静かにノブを回す。
「自分の運ですわ」
三人のビル・ブラックはそういうギャンブルが大好きだった。
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どうも、バロヴズです。
今度のバトルはまあ、人間です。
戦いの描写はどうやって飽きないように語らせるかが問題なのですが、とても難しいです。
で、人物紹介ですが、ミグナ・ハーティコートはいうなれば人ではありません。人は人なんですけど人種としてはあらゆる物体を凍らせることに特出した人種です。詳しく説明することはないでしょうけど、これは魔法ではないことをはじめに言っておきます。
それでは、次回もかけたら、がんばって続きを書きます。
乱筆多謝
作中ちょこっと解説
余韻(よいん):あることが終わったあとの少しの時間とでもとっていただければ。波が来るのがあることなら、引いていくのが余韻ですね。
殲滅(せんめつ):残酷ですけど、全滅です。