「あの子は私たちの名前を断ったのは紛れも無くクナの意思です。」
「………」
「その状況をおそらくあなた方には似たようなことは生涯起こりえるかもしれない。でも、当時のクナの心境へはクナにしかいけませんから、何故断ったのかは分からないでしょう。それでも、私とナットはこれ以上なく幸せです」
「………」
「これも分からないでしょうね?」
ミセス・メトカーフは三人に微笑んだがそれを見れたのはガトーレだけで二人は頭をたれていた。
「分かりません」
「でしょう?」
「分からないけど、クナがここにいたい理由は分かります」
ミセス・メトカーフは少し驚いて、そして笑った。
「今日、僕は記憶にあるかぎり初めて自分が嘘をついたことを、クナと会話をして気がつきました」
「……そう」
「僕は自分で言うのもなんですが、いじめることをとても楽しんでます。もちろんクナもその標的の一人です」
「おやまあ」
彼女はわざと驚いてみせた。
「ココへ来たのは、今の話とその訂正に来ました」
「ふふ、あやまりにきたわけではないのね?」
「はい。自分の家の家訓は守ります」
「謝ったりしたら勝てないといっているようなものですからね、ミスター・ガトーレ・ゴールコート?」
ガトーレは彼女はどこまで知っているのだろう? という疑問を質問してみたかった。
「はい。だから、僕の母が捨てたれたとまでは言っていない、と伝えてくれませんか? クナに俺の母さんはひどい人とは思われたくないので」
「わかりました」
ガトーレについてきた二人はガトーレがこんなに下手に出たのをはじめてみたのでショックだったが、彼が自分たちにはない自分を持っていることに気がついた。いたたまれない気持ちにどうしようもなく襲われた。彼女の会話の中、遅れながらもガトーレの心境に近付き、帰る頃には同じになった。
「じゃ、もうかえります」
ガトーレたちが席を離れ、玄関に向かおうとすると、
「しかし、クナをいじめた子達をただで帰すわけにはいきませんね」
彼女は今までやさしい表情だったのが真剣な顔になり、そして歳をとっていても若い人たちは負けない鋭い眼光を三人に向けた。三人は突然に彼女の表情の変化に恐怖と感じる前に、驚いて、そして恐怖した。
「冷めても、紅茶は全部飲んでいきなさい」
その後、また笑顔を向けられても恐怖が解けることはなく、彼らは急いで座りなおし紅茶をすごい勢いで飲み干した。
彼女は軽いジョークのつもりだったが、子供たちには少々きつすぎた。
「それでは、また遊びにいらっしゃい」
そして、少々トラウマにもなった三人は玄関へ促され出ようとすると向こうのほうからドアが開いた。
「ただいま……かえるの?」
「あ、ああ」
「…………」
彼女は彼を素通りして、横切った。
「クナ」
二人とも振り返らず背中合わせのままでガトーレがはなし始めた。
「もう、誰もいじめはしない」
これは三人同じ答えだった。
「…………」
「後、少なくとももうおまえには嘘はつかない正直者でいる。じゃあな」
ばたん
とドアが閉まってもそのまま彼女は体勢を変えなかった。
キッチンに買って来たものをおいて、居間のカップを片付けるために向かった。
「ただいま、
お母様
」
冷めた紅茶を一口飲んでいる間に、さっきまで彼らが座っていた席に座り、片付け始めた。
「はい。おかえりなさい」
クナは何のそぶりも見せず、カップなどの陶器をキッチンへ持っていこうとすると、
「そうそう、クナ?」
「はい?」
「いじめっ子君たちが言っていましたよ、今朝言ったことは嘘だと」
「はぁ」
「捨てられたとまでは言ってない、と」
彼女はそれを言われ、気づき、
「そうですか」
とだけ答えた。
「どういうことかしら?」
彼女はいたずらっぽく聞いてみた。
「それは……」
ぎぃ、ばたん
「かえったぞぉ」
玄関のほうで声がして、足音がだんだんと近付いてきた。
「お帰りなさい、ナット」
「お帰りなさい、
お父様
」
ナサニエル・メトカーフは肩にかけたつり道具を壁に立てかけると疲れたといわんばかりに、また3人が座っていたソファーに座り込んだ。
「クナ、お風呂はできているかい?」
「いえ、まだ。すぐに支度をしますから待っていてください」
「いいよ、ゆっくりで」
付け足すように彼はいった。
「それで、クナ、どういうことかしら?」
「あ、はい。実は……」
クナはナサニエルの前に
白湯
を置き、彼の隣に座って今朝あったことを、できるだけ第三者が見たように答え、自分の感情についても事細かにはなした。ヴァージニアはそれを聞き、少しも悲しいそぶりを見せずに聞いた。
「……というわけです」
全てをはなし終わった後、そのことについて、彼女が感想を述べようとすると、おもむろにナサニエルが立ち上がり、
「私のかわいい娘をいじめた獅子の家は確か、商店で肉屋を経営していたな」
ズカズカとキッチンへ行き、包丁を持ち出し玄関へ向かおうとする。
「肉屋が、自分の肉を売らないのは少々解(げ)せんな。二人とも待っていなさい、すぐに帰ってくるから。その後に私はお風呂に入ろう」
「あらあら」
ナサニエルの真剣な表情とは違い、ヴァージニアはさも冗談であるかのような表情を見せた。
「あ、あらあらじゃありませんよっ。お、落ち着いてお父様」
「私はなぜかひどく落ち着いているさ。そうそう、夕ご飯は健康を考えての肉料理にしてくれ、クナ?」
「は、はい」
とっさにうなずいてしまった。
「それでは、いってくる」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃ……わ、わぁ、ち、違いますよお母様。とめてください」
あくまで、彼女は楽しそうだった。
クナはいつも考えていた。『どうして彼女はいつも彼の真面目さを冗談で捉えてしまうのだろうか』と。
タタタッ
「……エイ!!」
そんなことをこの場で考えている場合ではないと即座に感じたクナは、彼に後ろから抱きついた。
「はなしなさい、クナ」
「……イヤです」
必死に彼女は彼の背中で首を振った。
「私は今、間違っていることをやっているかな、クナ?」
「今は包丁の使い方を間違っているとしかいえませんが、およそ15分後には法的に間違っていることをすると思います」
「面会に来るとき、もしくはお参りに行くときは私の大好きなりんごを持ってきておくれ。さあ、離しなさい」
「イ・ヤです」
この様子を見ながら、ヴァージニアは声を殺して大笑いしていた。
しばらく、ナサニエルとクナはドアの前で向かい合い、口論をしていたが、とうとうクナは最終手段を使わずをえなかった。
「もう、お父様がそういうことをすると……」
「そ、そういうことをすると?」
彼は少し熱くなっていたが、このとき少しずつ収まっていった。
「……キライになっちゃいますよ?」
彼女はこれも彼に対する疑問の一つで、どういうわけか上目遣いをして拗ねる――ヴァージニアに教わり、ナサニエルだけに使えるおとなしくさせる方法(門外不出)――と例外無しにおとなしくなるのだ。
「う……も、もうその手にはのらんぞ?」
「……」
「あの性悪女め、卑怯な手をつかいよる」
どうやら、何回も使うと慣れてしまうようだった。そしてそのときのために、ヴァージニアからもう一つ、応用技を教えられていた。
………じわっ………
「な、なっ!!」
ナサニエルは呻いた
彼女レディ・メトカーフはクナにこう言っていた。
「レディは泣いてはいけません」
「はい」
「ですが、子供としてなら目を潤ませることなら、ナサニエルに対してのみ許しましょう」
「はぁ」
「いいですか?」
「彼を見上げても説得に応じないのであれば、目を開いたままにしておくと目は乾き、涙が出てきます。それを利用するのです」
「ひ、卑怯だ。あいつめ、今度は何を吹き込んだんだ?」
クナの目にうろたえながらかろうじて質問した。
「お母様はただ、お父様の身長と私の身長差を利用して、見上げるようにして涙を
溜
めなさいと。そう言っていました」
その状態を維持したまま、演技であるということを自ら話した。しかし、彼を止めようとする意思は変らなかった。つまり、これが止めるためだけではなく一種の誘惑もかねているということをクナは知らなかった。
ナサニエルは見事に誘惑にはかなわなかった。
そのまま、またズカズカと今度はヴァージニアのところへ向かった。
「おい!!」
「あら、意外と耐えたわね。ということはアレを使ったのかしら?」
「おまえ、またクナにヘンなこと教えたろ?」
「娘の色々な表情が見られていいでしょう?」
実際、彼女は少し感情の表現が少なかった。
「いや、そ、それはそうだが……あ、あれはないだろう!!」
「
あれ
?」
『
あれ
ってなんです?』って顔で彼を見た。
「と、年寄りをいじめて楽しいか?」
「楽しくはないけど、おもしろいわ」
「………」
「ふふ」
クナが来るまで二人はにらみ合い、彼はいっそう強く包丁を握り締めた。
「お父様、お母様?」
「クナ、もういいですよ。ナサニエルからその刃物を取り上げなさい」
「はい」
強く握り締めていても、クナが触れれば簡単にとることができた。
「お父様が本当にいかなくてよかった」
彼女は微笑んだ。
取り上げられた手の中にはもう何もなく、ぐったりと今度はソファーにねっころがった。
「本気だったさ、クナにああされるまでは」
クナが包丁を戻し、お風呂の用意をして戻ってくると。全てはもとどおりだった。
「クナ、もうああゆうことはしなくていいからな?」
ヴァージニアはクナが戻ってきた頃にはキッチンで料理に支度に取り掛かっていた。今日は彼女の当番だ。
「お父様があんなことをしなければ、もうしません」
「……ふぅ……なんか、疲れたよ」
「あと、20分少々でお風呂が出来上がります。十分身体を休めてください」
隣に座ったクナを横目で見て、すっと引き寄せた。
「やはり、クナはそういうほうがいい」
「どういうことですか?」
クナは頭をナサニエルに預け、不思議そうに言った。
「私たちの娘は十分かわいいということさ」
「とても、嬉しいです。お父様とお母様にそういわれると」
「うむ」
クナにばれないようにナサニエルは静かに涙を流した。彼の二度目の無償の愛は、自分のことをお父様と呼ばれるだけですべてが報われた気がした。それは、ヴァージニアも同じだった。
「……そう」
『クナがそういっても仕方ないわね』と感じると無性に悲しくなり、彼女に悟られる前に寝かしつけることに専念した。
「それじゃあ、もうねなさい」
ヴァージニアは彼女の背中をやさしくたたきクナの眠気を促した。
「はい」
普段の彼女なら、もうとっくに寝る時間で、ヴァージニアが話をしている間に感情も落ち着いたようで、すぐに彼女の二つのまぶたはくっつきそうになった。
「それでは、おやすみなさい。ヴァージニア
お母様
、ナサニエル
お父様
」
彼らの驚きの表情を目にすることなく、彼女はそれだけ言うと静かに眠りについた。
ヴァージニアとナサニエルはどれくらい自分たちが動かなかったことを知る
術
をもたなかった。自分たちの呼吸が止まっていて、それでも死んでいないのだから、そんなに時間は経っていなかったことはかろうじて理解することができた。
「ジニー」
「なに、ナット?」
「あした、死んでいるとかないよなぁ?」
「あなたが私にやっとの思いでプロポーズした翌日もちゃんと生きていたではありませんか」
とため息混じりに答えた。すると彼は少し考え、
「……ふむ。それもそうだな」
とすんなり答えた。
「相変わらず早い納得だこと」
「キミらみたいに時間をおいて、よく検討するのは嫌いだからな」
「まあ、50年前はあんなに時間がかかったのに」
「あ、あれは考える考えないの問題ではないだろう。私がただ単に恥ずかしかっただけだ」
ナサニエルはたじろぎながらも声をだいにすることもなくひっそり言った。
「ふふ」
「女が男をいじめるなぞ聞いたことがない」
「あら、その逆は最低のことだといったのはあなたではないですか」
「そ、それはそうだが。ふぅ、もうやめよう。半世紀キミと一緒にいるが口で勝てたためしは一度もないし、君に嫌われてしまっては生きる気力がなくなってしまう。クナには私たちがいるが、私には君しかいないのだよ」
「……70の人が言うせりふじゃないわね」
少し、恥ずかしそうにヴァージニアは答えた。
「ふぅむ、それはそうなのだがな。しかし、実際私は今でもキミに腕をなでられたりするだけで、性的興奮をおぼえてしまうのだよ」
「あなた。今日初めて口で私に勝てそうよ?」
「そうかい?」
「…………」
彼女はさっき言った言葉以上の言葉が出なかった。
「では、勝つ前にやめるとしよう、もう一人の私の愛の対象が目を覚ましてしまうからね」
「わ、わたしは半世紀あなたと一緒にいるのに、いまだにあなたの性格が分からないわ」
そこまでいうと、ナサニエルのほうは掛け布団をかけなおして布団にもぐった。彼女はたとえおきていてもクナには聞こえそうにない小さな声で、
「ごめんなさいね、クナ。あなたであっても愛するナサニエル・メトカーフは渡せないわ」
とささやいた後、明日、クナがお母様、お父様と言ったのはわたし達の聞き間違いではなかったかを聞くために寝ることにした。
「本当、その話?」
「はい、クナちゃんそういってましたよ?」
一部始終を聞き終えたミスト・カランは納得していなさそうな表情をしていた。
「でも、よくそんなことクナちゃんが言っていたね、彼女は少し口数が少ないと思っていたんだけど」
「んと」
レンス・デクスターが少し考えている間に、
「クナちゃん、別に口数少なくないよ?」
「ん?」
ロニー・フレハートがその疑問に答えた。
「ただ、自分からしゃべろうとしないだけ。聞けば答えてくれるんじゃないかな?」
「うん、そうだね。ちょっと私も初め、話しかけずらかったけど、いざ話しかけてみると普通だよね」
二人とも今彼女の性格が分かったようにお互いうなずいた。
「……そう。じゃあつまり、先生みたいに思っている人はクナちゃんのことを良く知らないだけなんだ」
「「かもねぇ」」
二人はうなずいた。
「でも、よくしゃべるクナちゃんって、考えたら少しへんだよねぇ」
突然ロニーがポツッと切り出した。すると、レンスもひらめいたように、
「うんうん、そうそう。それに明るくってクラスの人気者ってのもヘンだよ?」
と、案を出した。
「アハ、ヘンヘンー」
彼女たちは、もしクナがこういう性格だったらというのを考え始め、
「自分の部屋に人形がたっくさんあったら?」
「ええ? かわいすぎるよぉ、それぇ」
二人だけの、いや、子供の世界の話になり、ミストはのけ者にされてしまった。
『……そっか……私もどこかしら、クナちゃんのことをそう思っていたのか……まだまだだな』
そう考えると、「〜っていうのは?」と言って笑いあっている彼女たちをもう一回見て、
『この子たちのほうが、すごく見る目がある。先生も見習わなければ』彼は自分を見つめなおした。
「あ、クナちゃんだ!!」
「ん?」
「クゥナちゃーん」
彼女は図書室に行っていたのだろう、2,3冊の本を見ればすぐにわかった。
「なに?」
自分のかばんにその本を入れると、すぐに三人のところにやってきた。そこで、ミストはクナが彼女たちに見せる表情と自分に見せる表情とでは全く違うことに気がついた。彼女たちから話を聞くまではクナは誰にでも同じ顔をしていると思っていたのだ。
「ねぇねぇ笑って?」
彼をよそにロニーがクナに笑顔で話しかけた。
教務室へ戻り、ミストは静かにクナの進級書類を引き出しから取り出して、少しの時間眺め、その後に"希望せず"にまるをして封筒に入れた。
出席簿を広げ、人差し指で彼女の名前まで上からなぞり、とめる。そこで彼はニッコリと顔をほころばせた。
「どうかしたんですか?」
彼の前を通り過ぎるようとした、女性先生がたずねた。
「いえ、べつに」
彼はその笑顔のままで答え、そうですかといってその先生は不思議な顔をして教務室を出て行った。
ミストはさっきあったことを思い出し、
「いくら笑わないからって、わきの下をくすぐることはないでしょう」
と、ひそかに笑う。
わきの下をくすぐられたクナは、それはもういやがるように笑うのをこらえていた。
それがまた、かわいらしかった。
気持ちを落ち着かせ、出席簿を見ながら彼は思った。
『考えれば、先生はキミたちと一緒にこの学校に入学した一年生だったね。僕が教えた分、僕も教わっていたんだ。後キミたちは三年で卒業しちゃうから、それまでにキミたちから教わることをできるだけ教わろうと努力するよ』
ミストはパタンと出席簿を閉じて、次の授業の準備をして部屋から出た。
『そうだ、放課後もう一度、クナちゃんに話しかけよう。彼女たちからの口からじゃなく本人の口から』
彼は放課後、自分が何を学べるか楽しみだった。先生になったら何も学ばなくてよいという考えは、彼にとっては無縁だった。
クナは両親にも先生にも一字一句間違えることなくこう言った。
「私が苗字をもらわなかったのは、私の生みの親の誇りです。お母様、お父様と呼ぶことにしたのは、私の名前がお母様とお父様の誇りだからです。それが私にできる一番
まともな
解決
だと判断しました」
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こんにちは、Barovsです。
どうにか、年が明ける前までに三部のほうを終わらせることができました。
四部のほうはもう少し時間がかかるかもしれません。
彼女とコンタが出会うのはもう少し先の話になります。
どうでもいい近況報告のほうなんですが、地元の餅つき大会に行ってきました。
そんなこんなで、今は握力が20kgも出ない感じで、タイプするのも結構しんどいのです。
ムビのほうも完成させねばならないしね。
さて、次回からはまたコンタに戻ります。
そして、初めてのバトルシーンが出てきます。飽きさせない書き方をするのにはどうしたらいいか、検討中です。
では、そろそろ
もし、私にやる気があればまた次回・・・
乱筆多謝
作中ちょこっと解説
白湯(さゆ):これは、お湯のことです。中は何にもないっていない、真水を沸かしたものです。
A Sane Solution(ア セイン ソリューション):まんま、まともな解決という意味です。