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 水色の水兵帽とセーラー服はきれいながらも間違いなく年代を感じさせるものであるが、それを着こなしている人間はわずかも年代を感じさせなかった。 「少し汚れているが、サイズはぴったりだろう」バゼイシャーは顔の傷をゆがめながら笑っている。
「ええ」少年は不安なのか申し訳ないのか、はたまた自分を責めているのかという顔をしていた。
「それにしても、お金を1ラリンも持っていないとはな。コンタ…なんだっけ?」
「コンタ・ロスノフスキです」
「ふむ。めんどいから、コンでいいや」
 コンタ・ロスノフスキは自分が1ラリンも貨幣を持っていないことにバゼイシャーから別れた後、5秒で気づいた。そのとき彼の 臙脂(えんじ) 色のズボンには家に誰もいないときのための家の鍵と数個のおはじきしか入っていなかった。
 船底に位置する倉庫室から出てきたコンタとバゼイシャーは階段をのぼり
「ああ、忘れてた。俺の名前はバゼイシャー、バゼイシャー・ガワーだ。まぁ……」
「船長!」突然奥のほうの扉が開き、彼を見つけるとすぐに見つかったにしてはすごくまじめな顔をして走ってきた。
「船長どこ行ってたんですか!そろそろ出港ですよ?」そのまじめな顔を少しずつ怒りに変えながら一気に言葉を吐いた。
「ああ、わかった」うって変わってバゼイシャーは面倒くさそうにうなずく。
 そしてその走ってきた彼はもう一度、焦りからでる言葉を吐くとまた急いでおくにある部屋へと入っていった。
「ここにいたんですか船長」今度は突然後ろから声が聞こえたと思うと、足音と一緒に叫びながら走ってきた。それから立ち代り入れ替わりで「船長」「船長」という単語を最初に持ってくるクルーが来て、彼らは全員バゼイシャーを探していたのは疑うことが無く、彼に今の状況を詳しく報告していった。コンタはその間中ずっと会話の間でじっとその出来事を見ていると、やがてクルーが来なくなりバゼイシャーはコンタに話を移した。
「俺のことはバズでいいぞ」と彼はにべも無く言った。
「……船長さんなんですか?」コンタはさっきほどまでのやり取りを見て、自分のそう呼ばなくてはいけないんじゃないだろうか、と感じたらしくそれを含めて質問した。
 バゼイシャーは操舵室へ足を進めながら「聞いてたろ?」とそれだけ答え、操舵室に入った。

 クルーたちは彼が入ってくるなり先ほどと同じようにコンタには目もくれず挨拶をした。声に出してバゼイシャーは答えないものの目で挨拶に答えているようだった。
「おい!コン」
 コンタは操舵室に入るなり少し回りに気をとられていたが、それは一瞬で恐怖に似た感覚に襲われた。
「は、はい!」彼は今までの面倒くさそうなバゼイシャーとは違い――眼光が鋭く気迫にあふれる人になっていた。もともとびりびりした緊張感がこの部屋全体を占めていたので、彼の一声でコンタは呼吸も忘れそうになった。
「お前がやることはひとつ。六百ランカ四十三ラリンをこの船からもらうこと」彼は続けて「お前の仕事はまず、三時間……いや、二時間半までに、ここで使われる敬語をマスターするんだ」といった。
「お前、何ヶ国語しゃべれる?」とたずねた。
 とっさに自分が何ヶ国語しゃべれるか忘れてしまったが、すぐに「ポルフォール語、 狐語(フォゲェイジ) とロク語の三ヶ国語です」
「ポルフォール語は両親の故郷のか?」
「はい、おか……母がポルフォール語で、父がロク語です」
「共通語二つ覚えておけばこの船には充分すぎるくらいだ。それじゃあ、二時間で敬語を覚えろ」三十分短くなっていることにコンタは気がついてはいなかった。
いいな(ラウ ロウ ニ) ?」彼はポルフォール語で聞きなおした。
「はい」ロク語で彼は躊躇することなく答えた。


 この世に言語は人種の分だけ存在するが全国共通語は九つしかない。ポルフォール語とロク語はそのうちの二つである。そして人種の分だけというのは狐には狐の猫には猫の犬には犬のそれぞれ種族特有の言語が存在する。今日共通語で話されるのが常であるが、やはり種族は種族で今も存在しているらしい。コンタの狐族は 狐語(フォゲェイジ) を使っている。家族の中と外での言語の違いくらいでとても少ない利用価値だが、それでも同じ種族とあったりするとよく使っているのだ。

 コンタは2時間で何とか最低必要な敬語をマスターすることができた。覚え始めて彼はもともと語順が似ているように見えたポルフォール語とロク語は表現の使用によってはまったく違うものになり、実は普通に使っている言葉も、まだ覚えたての人に使うとまったく違ったニュアンスで通じてしまうこと、それに発音の使用によっても全く別の意味になってしまうのだと気づいた。しかし、この船にいる以上はポルフォール語を使う利点はこの地方を離れたときだけで、ヴェルトリオールへ向かう際にはロク語で話すだけでかまわないとバゼイシャーは説明した。彼がほとんど2つの言葉で敬語を使えるようになったときに。
 コンタの仕事は船の掃除ではなく、船でのポーターの仕事だった。もともと彼は力にはヒトよりは力があるので、物を運ぶのはそれほど苦痛ではなかった。最初の苦痛は、切符を買って乗船してくる人たちから荷物も預かるときの言葉遣いと、ロク語が通じなかったとき果たしてポルフォール語で通じるかどうかの心配がそれにあたった。
 それが杞憂におわり、すべてが終わった数分後、またあの大きな汽笛が鳴った。
 ボオオオオオォォォ
 コンタはまた耳をとじた。するとガクンと横にゆれ、船は見えない足があるように動き始めた。動き始めたと同時に進行方向とは逆に風が吹き始め、潮風がぴりぴり肌を刺激するが痛くは無い、まるで生きているように動く船を自分の足に感じるとコンタはなぜか先頭、少なくとももっと風を受ける場所に行きたくて仕方が無かった。急いで先頭へ向かおうとするが、操舵室を通り過ぎようとしたときにそこのドアが開いた。
「コン、どこへ行くんだ?」
 バゼイシャーが前に現れた。
「はい! 実はちょっと風に当たりにいきたくて」と元気にニコニコしながら答えた。
 それを聞いたバゼイシャーはあごを引いて目を (つむ) り、「……仕事は?」静かに、そしてゆっくりと話しかけた。
「……え、えと……」
「荷物を運び終わった後は何をしろと?」
「三階の部屋のお客様に乗船の挨拶を……」突然彼はさっきまで課せられていた仕事を思い出した。自分の顔がどんどん申し訳なさそうな顔になっていくのが鏡を見なくても確認できそうだった。細い眉は八の字になり、口が少し開くのが無意識のうちに行われた。
 バゼイシャーはゆっくり目を開け、
「たしかぁこのあたりには肉食の魚がいたなぁ」コンタのほうを見ずに遠い目をしている。
「バズさん、三階へはあそこの階段を昇っていくんですよね?」
 コンタは質問の答えを待たずに急いで走っていくのを見届けるとバゼイシャーはゆっくりとコンタを目で追ってふぅっとため息をついた。
「仕事より、好奇心ね」少しの間の後「若いなぁ、無意識の間に体が動いてしまうとは……」
 彼はコンタが階段を昇り姿が見えなくなったのに視線をそこからはずそうとはしなかった。
「船上はたとえ獣人でもきついからな……挨拶終わらしたら休憩でもさせるか」

 
 コンタの甲板に出て海を見たいという欲求は三○一号室のドアを開けたときに不鮮明になり、三○二号室のドアを開けたときに収束し、三○六号室から出たときに頭からなくなってしまった。彼に次の好奇心を生ませたのは海を走っている船ではなく、乗船客であった。コンタはロク語だけで通じているのが不思議なくらい、いろんな種族の人たちが乗船していることを知った。コンコンとドアをノックしたときに猶予を渡され、背中に心臓があるのかと思えるほどためらってしまうのだが頭は回せ回せと指示し、「失礼いたします」の言葉と少しの間の後、ノブを回してしまう。それは、カシム・ロスノフスキに怒られたときの心臓の高鳴りに似ていた。ドアを開けると立場は変わり、怒られるという恐怖ではなく、ドアをノックする前の想像が、あっているか間違っているかという好奇心になっていた。ドアをゆっくりと開け、そして後ろを向いて静かにドアを閉めた。また前を向き「こんにちは、ご乗船ありがとうございます」と続けて「次の到着はこの船の経路で一番長い日数、一週間かけて目的地ヴェルトリオールに到着します。」とマニュアル通りの言葉を出す。
 コンタは七回目になるとすんなりということができた。
「何かございますか?」少し間をおいて、質問がなさそうだったら、「それでは、次の目的地まで快適な旅を」といって、入ってきたときの動作を巻き戻すようにして、退出する。教えられたことは、実際暗記するよりその場で行なったほうが覚えることにすぐに気がついた。コンタは閉じた扉を見て 「羽が生えてたから鳥の獣人だ」彼はゆっくり息をはいて「鳥人って、飛んで世界を旅するものだと思ってたけど、船旅もするんだぁ」と独り言をもらした。通路に人がいる、いないにかかわらず彼は終始にこにこ笑っていて、もし誰かそれを目撃したなら、その人の表情もほころばせてしまう笑顔を彼は見せていた。
 コンタはその笑顔のまま、次の三○八号室の前に立った。そこで、今度はどんな人がいるんだろうと顔を緩ませながら考えていた。その自分の想像力を膨らませていたためにその部屋の中で何が起こっていたか、もしくは中から聞こえてくる言葉などは一切頭の中に到達していなかった。
 ドアとあけようとすると…
 バカン!
 そのドアはノブのほうではなく、 蝶番(ちょうつがい) のほうから開いた。

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 こんにちは、Barovsです。

ええ、読んでいただきありがとうございます。
船のお話ですが、私が最後に乗ったのは5歳のとき、うっすらとしか思い出せません。
ですが大変感動に値するものだったと、記憶に残っている限り思わずに入られません。
どういうところで人は感動するか、それはその人次第。
生きている限り私はそういうものを探して生きたいと思っています。
うーん、難しい。
自分でここに書いておいてなんですが、こんなこと毎回かけません。
思い上がりもいいところです。

それでは。次ももし私が書くことをあきらめなければ、そこで会いましょう。

乱筆多謝。


作中チョコッと解説。
ポーター:ホテルなどで聞いたことがあるかもしれません。お客様がお持ちになった荷物を運んでくれる人たちのことです。
語ると長くなりますが、日本の場合は本人が断らない限り、運ぶことはありません。
外国では大きなホテルでは日本と同じですが、小さなホテルであれば入ってきた早々に奪い取るように荷物を運んでいってしまいます。ええ、これはサーヴィスがなってないと思われる人もいるでしょうがちょっと違います。そういう小さなホテルは一度行けば本人の顔を覚えてしまっているという、ものすごい記憶力がなす業なのです。
これは私の想像ですが、日本のホテルは高級感を外国(特に欧米)は親しみをというサーヴィスの違いだと考えています。ですから、同じホテルに泊まればとまるほど向こうは家族のように接し、思いもよらない良いサーヴィスをしてくれるかもしれません。


 

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