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BOOKT.B

「「「ただいまぁ〜〜」」」ドアを開けながら三人は合わせたわけでもないのにそろえて声を出す。しかし、返事はない。
「あれ?」キョロキョロとコンコは辺りを見回すが姿は見えない。
「洗濯でもしてるんじゃない?」
 彼女が家にいないときは主に洗濯か買い物のときだけだ。ほかに町の人との交流といって出かけてしまう――ほとんど、町の人が連れて行ってしまうというほぼ拉致に近い行為――が、その場合は置手紙をしていくのだ。置手紙はないのでたぶん洗濯だろう。
「よし、じゃあ先に手を洗って着替えとくこと。父さんが呼びに行ってくるから」
「「は〜〜い」」
 先にそれらをすばやく済ませた彼は彼女を呼びに行った。


 ロスノフスキ家の家はテラスのはずれに十年ほど前建てられた。家のつくりが周りと違うのは彼らの出身がかつて東にあり、そこの国がよほど気に入っていたことをあらわしていた。黒光りの () (かわら)を使った屋根は周りの屋根が青や赤の鮮やかな色のせいかいっそう目立って見え、窓もガラス張りではなく紙を使ったものでその役目を果たしている。外からも見ることができる縁側(廊下が庭に面していているような場所)では家族全員(一人を除いて)がとても暑い日にそこでぐったりしている姿が外の通りからよく見て取れた。
 このように暑い日なら暑い日なりの、寒い日なら寒い日なりの家族の様子が、そこからちらほらと見ることができた。当時テラスは開拓したばかりで、ここに住んでいる獣人族はおらず、ロスノフスキ家がこの町の最初の居住者になった。当然まわりの住民たちは、家族とこの奇妙な家を奇異の目で見て、おそらくこれから先、その目は消えることはないだろうと思われていた。しかし、彼らのふるまいや、外の通りから見える風景を見ているうちに、彼らは自分たちの先入観からくる偏見を直さずにはいられなかったのだろう、今ではそのような目で見るのはほかの町から来る人だけで、テラスの人たちは誰一人としてそういう目では見ず、彼らはこの町になくてはならない存在となった。そしてこれからここに住むであろう獣人たちにも(今はもうこの町に住んでいるものも含め)、そのような目がなくなったことはありがたかった。


 洗濯物が干してある場所は表にある庭がそれを担っていた。カシムは縁側に向かう途中、どうやって声をかけようか考えていた。そして思ったとおり彼女はそこにいた
 しかし彼は自分の妻に声をかけることもできず、ただ、いままで考えていたことを何もかも忘れてひたすらそこの傍観者であるしか彼に残された手段はなかった。
 白いシーツを干している彼女は自分の賛美者に気づいてはいなかった。
 彼女の名前はリンカ・ロスノフスキ。テラスにくるまえにこの姓をもつ。身長はカシムが抱いてしまうと胸に頭だけを残し、すっぽりと入ってしまうくらいで、非の打ちどころのない 瓜実顔(うりざねがお) に、化粧品を必要としない白い肌、どんな色でもこの色は表現できないであろう (くれない) の髪をしていた。そしてそこから覗かせるゆったりとした耳と、薄目の中から窺うことのできる黒い目を見た彼は動くことさえも許されなかった。
 彼女は放射状に咲く水色の花がところどころに見える藍色の――帯を必要とする――服をきていた。その締まりぐあいから、スリムな体系であることは疑問の余地がなく、脚は――少なくとも彼の目から見える部分は――細く綺麗なもので、それはどんな女性にも当てはまらず、彼女にこそふさわしいと思わせた。
 彼女はすべてを干し終わったのかしばらくの間、額に手をかざし、空を仰いでいた。そしてゆっくりと縁側に足を向け、いつからいたのか、そこに (たたず) んでいる彼に気づく。
「あら? おかえりなさい。………どうかしたの、そんなところで?」
「い、いや、その、あっ、ただいま」
 彼女はいっそう目を細めた微笑みでかえし、
「それじゃ、お昼にしましょうか」と縁側にあがる。
 そして、奥にある居間へ足を運ぶわけだが、カシムは彼女の後姿を見て、手をにぎにぎさせて今日 こそ(,,) はと心臓をバクバクさせている。
 すぅ〜〜〜はぁ〜〜〜
「よし!」
 と、深呼吸をして、リンカに気づかない小さな声で決意を新たにする。
 ……そして……後ろから……優しく………
「なんだぁ〜、いるじゃん。待っててもぜんぜん来ないから心配したよぉ。」
 カシムは手を引き、まるで見計らったように突然現れたコンコはいきなりリンカに抱きついた。
「ママァ、ただいまぁ」しかし、それは抱きつくというものよりは、飛びついたという表現のほうが正しく、リンカは少しよろめいた。
「はい、おかえりなさい」とよろめきながらも娘をしっかりと受け止め、胸に顔をうずめているコンコの頭をなでる。そして自分の息子にも「コンタも、おかえりなさい」と、微笑を向ける。
「母さん、ただいま」
「それより父さん、迎えにいったにしてはずいぶん遅かったじゃない」と、コンタはカシムの隣につく。
「ん? ああ、ちょっとな」
 顔はコンタに向けているが目はリンカのほうをむいたままだ。
 コンコだけがそれに気づいたらしく、彼女に抱きつきながらカシムを横目で見、そしてチラリと舌を覗かせる。そこから窺えるのは『残念でした』といっている風にしか見えず、カシムは先ほどまでにぎにぎさせていた手をこぶしに替え、そして……。
 ゴンッ
「ッタ。え?なに、なんでぶつの?」
 突然の出来事にコンタは目を白黒させる。
「なんとなくだ」とそれだけ答える。
 しかし、ぶたれた本人はなにがなんだかよく分からず、頭にできたたんこぶをさすっているしかなかった。
 それでもまだコンコはリンカに抱きついたままで、このままいくと彼のたんこぶは理由も分からぬままもう一つ増えることは確実だった。


「「「ご馳走様!」」」
 カシム、コンタ、コンコは元気に手を合わせる。
「はい、ごちそうさまでした」
 リンカもそれに答える。
 コンタとコンコは二人で食器を台所にもって行き、洗い始める。これはいつからか自分たちで始めたことだ。コンタはひとりで母親のそういうしぐさを見たとき。コンコは友達のうちでご馳走になり、その友達が母親と一緒に洗っているのを見たとき。それからというもの二人で協力して洗っている。カシムとリンカは特別重要なことがなければ何も言わない、自由教育なのだ。でも、最初の第一児が生まれたときは、カシムの心情は自分が受けた教育をそのまま教え込もうとした。しかし、それは彼女の一言で簡単に切り替わった。
『コイツはオレの……』
『この子はのびのび育ってほしいの』
『よし、そうしよう!』
 てな具合で、そりゃあもう刹那の速さだ。
 結局のところ、今までの行動を見る限りカシムはリンカにべた惚れなのだ。別にカシムが意見を主張すれば、リンカもそれに賛成だろう。それは、彼女が主導権を握っているのではなく、彼が握らせているのだ。あえて言おう、もしリンカが「山のようにでかいお団子が食べたい。」といえば、世界中を敵に回しても作ってしまうだろう。それほどに心を奪われてしまっているのだ。そして、昔も今もそれは変わることはない。


 そういうわけで、のびのび育てた。もう、の〜びのびだ。どうしようもないくらいのびの〜びだ。そうして育ったのがこの、今皿を洗っているコンタとコンコ。彼コンタは時々カチャ、カチャ、カチャと皿を洗いながらしみじみ思うことがある。 彼にも当然、反抗期があった。しかし
「よく、グレなかったな」
「ん? なんか言った?」
「いや、べつに――」
「「……」」
 また食器を洗う音だけが聞こえ、しばしの無言の後。
「お兄ちゃん。」
 コンコが口を開く。
「ん?」
 コンコが洗い終わった皿を拭きながらコンタは細い目を彼女に向ける。
「今日、午後の特訓が終わってから、あそこに行こう?」
 コンコはそのまま洗っている皿に視線を落としたまま、このあたりではおそらくこの家族だけしか行くことのできない場所へ誘った。
「いいよ」
 コンタは彼女の質問に一言だけ答え、皿を拭き続ける。するとまた無言の空間が来るかと思ったが、後ろのほうからその空間を狙ったようにコンタを呼ぶ彼女の声がした。
「なに?」
 別段振り返らず返事をするが、
「もう、迷ってないようね?」
 このリンカの言葉にコンタとコンコは、お皿は割らなかったものの動かす腕は止まり、二人は振り返った。


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